神社寺院巡礼のブログ

神社と寺院を訪ね歩き、御朱印を拝受して収集するブログです。

京都北野天満宮の縁日(毎月25日はてんじんさんの日)で、参拝した帰りに巫女と禰宜が御朱印を記帳してい光景を魅入り、余りにも気高くて気に入ったので参拝した証と成るので始めました。

今日は、朝から帰りが遅くなる予想して帰りはスーパーも閉まっているし、開いていても弁当類は9時を回れば何も無いのが判りきっているので南海本線終点難波駅駅ナカで551蓬莱の焼売と豚まんを買い上げました。
、豚まんは遅い夜食に、焼売は明日の夕食のおかずにと思惑を抱き、帰るなり早速豚まんを頬張りましたが、とんだ食わせもんを買い求めてガッカリしました。

イメージ 1

此方が、焼売6個入り。明日の夜食に。


イメージ 2

問題は、此の豚まんなのです?
どう食わせ物だという申しますと、ど素人が餡を入れて皮を丸めたのか知らないが、皮の分量が物凄く多くて餡の比率が極端が少なっており、分厚い皮を食べている感じで、体の良い蒸しパンを食べて居る感覚でした。
こない分厚い皮の豚まんを食べさせられたのは半世紀振りだ。
昔の蓬莱の豚まんは、餡が本当に少なくて殆どが皮を食べさせれていると言った具合でして、四方や半世紀振りに皮ばかり豚まんに当たるとは本当に不運だった!
次回は、真面な物に当たる事を願いまして、今夜の与太話とさせて頂きます。

前回の続きですが、最後に大楠公楠木正成の御首(みしるし)が葬られた首塚と後醍醐天皇の遺児後村守帝の御廟を紹介してお開きとさせて戴きます。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

修行大師像が在る場所から右側の階段を上がれば、視野に開山堂(本願堂)が眼前に佇んでいました。


イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

嗚呼、大楠公。合掌



NHK大河ドラマ「太平記 37話)にて其の当時の事をドラマで再現しているシーンを収めていますので、お時間の有る方はごゆっくりと鑑賞下さいませ!


イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

此方の帝は、北畠親房・顕家親子の泊付の為に旗頭として奥州(陸奥國)鎮守府に御動座され、数年間北畠親子と寝食を共にし薫陶を受け、忍耐強い父後醍醐帝の意志を受け継いで崩御の時まで北朝を担ぐ足利幕府と徹底抗戦してきた闘士です。

寺の敷地内とは言え、御廟は天皇の陵を戴いておりますので宮内庁の管轄管理と成り、誰かが管理小屋で駐留しておりますが、年に数日くらいしか居られないみたいで滅多に顔を観る機会が無いですが、今回も京都の醍醐廟同様に偶然に管理人と出会い話をする機会を得られました。

イメージ 12

観心寺の受付で、全部で四体の御朱印を拝受致しました。


イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

書置きが二体。


イメージ 16

イメージ 17

関西花の寺二十五寺霊場の御朱印です。
此方の勧心寺は、関西花の寺霊場第二十五番結所の札所です。


イメージ 18

最後に、弘法大師修行霊場にも当たり、つい最近2005年に本山高野山から遺跡本山の寺格を贈与されました。
真言宗東寺派の御朱印帳で、御朱印を拝受致しました。

是れにて打ち切らせて貰います。

本殿から左側に回ると此の様な立札が有りました。

イメージ 1

階段を上がって最初に拝礼した本堂こそが金堂に当たり、中に入って膝を追って正座して拝んだ場所に本尊の如意輪観音坐像が安置されていました。
後で伺うと、此の如意輪観音坐像は、僧空海が彼の地に立ち寄って木彫りで彫り上げたのが後で秘仏され、毎年4月17・18日の2日間のみ開帳されます。
彼の地を訪れた目的は、此の写真の案内通り、空海は北斗七星を勧請したと言われています。

中国では天帝の乗り物と見立てる説や、北斗七星を司る北斗星君という神がいる他にも、北斗七星の各々の星々に伝説がある[3]
例えば、仁宗皇帝には文の包拯(包青天)、武の狄青の二人の名臣が居たが、この二人はそれぞれδ星(文曲星)、ζ星(武曲星)が仁宗を助けるために天帝の命によって天下ったものであるという伝説が水滸伝に記されている。水滸伝の主人公宋江もα星(天魁星)の天下ったものとされ、そのことから「星主」とも呼ばれている。

イメージ 2

イメージ 3

茅葺き屋根の立派なお堂ですね。


イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

此方は、阿弥陀堂です。


イメージ 7

修行大師像で、左の見えている階段を上がれば四国お砂踏み道場・御影堂・納骨塔・行者堂へと繋がるように訪れる事が出来、此の映像のは写っていませんが右側に階段がって後で後村上天皇稜へ訪れました。


イメージ 8

イメージ 9

弘法大師が修行に訪れた地には、得てして此の様な立像が建立されている場合が多いです。


イメージ 10

階段を仰ぎ見ると御影堂が見えています。


イメージ 11

先程も説明しました四国八十八ヶ所霊場のお砂踏み道場の案内です。


イメージ 12

御影堂の正面まで辿り着きましたが、お堂の辺りは何やら修復工事を行う予定みたいで足場が設けられています。


イメージ 13

イメージ 14

此方が、納骨塔みたいです。


イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

此方は行者道で、役の行者御角を祀っており、後に時の朝廷から神号神変大菩薩の諡号を賜りました。

今日は此の辺でお開きとさせて頂きます。
次回の投稿は、此の続きとして南北朝ゆかりの地を紹介して勧心寺編を閉めたいと思います。

↑このページのトップヘ